色のお話:バイオレットからピンクへ
赤紫からピンク
紫やマゼンタ系の色は非常に難しい色です。原色から混色で作る際には、透明度や鮮明度を出すのにちょっとした苦労があったりしたことはないですか?そしてこの微妙な色合い、赤系の紫からピンクに至るまでは日本人にとっても、新しい古い関係なく文化的にもとても親しみのある色だと思います。個人的には、オーストラリアン・レッド・バイオレットという色がとても使いやすいと思います。不思議なことに、オーストラリアに親しみのある色であり、日本人である私にとてもしっくりとくる色でもあります。日本とオーストラリアは、海に囲まれた国という類似点以外は、北半球と南半球、大きさ、風土、歴史、本当に色々な意味で違いがあるのですが、なぜか自然に寄り添った色が、とてもいい意味で近い関係に見えてしまいます。どうしてなのかはこれからの研究課題としたいと思います。
オーストラリアン・レッド・バイオレット
世界の中の砂漠や乾燥した気候の地域では、雨や植物が多くある地域に比べて自然の色がとても違います。これらの地域は、赤道からの緯度が北へ又は南にと大体同じくらいのところにあり、気温や湿度がとてもよく似ています。植物が少ないということは、土に有機物が少ないということで、土は砂状になり、赤やオレンジに近い色の土地になります。遠くに見える山や丘は、植物が繁茂した景色の青色寄り、又は緑色寄りの丘などより、バイオレット系の色味になります。
アメリカでは、グランド・キャニオンでよく知られたとても美しい色で、オーストラリアの中心部の砂漠地帯はレッド・センターとしても知られています。風景画家の方々からの、これらの乾燥地域に見られる色の必要性に答えるということが、色を開発することにつながりました。オーストラリアン・レッド・バイオレットは、そのうちの一つです。これはとても深い赤のバイオレット・カラーで、暑い日の地面の割れ目や、岩の裂け目の色です。さらに、夕方近くでまだ空気が暑い日には、日が落ちる頃には、このバイオレット色を景色全体に見ることができます。
顔料は、とても深い赤色バイオレット・バージョンのキナクリドンです。この顔料は、並外れたたくさんの違う色調を持っており、ケミストが微妙な分子調節と製造方法を変化させて作った結果です。これはとても幸運なことで、すべての顔料がこのような色調の種類を持つわけではないからです。この色は、一番色あせのない色であり、耐光性はASTM 1 です。これはとても薄く塗られたものも、色あせに強いことを表します。この顔料は半透明のため、他のキナクリドン顔料に比べて色の豊かさがあります。
オーストラリアン・レッド・バイオレットは、通常バイロレットの色を使うテクニックに適切です。ウルトラマリン・ブルーと混ぜることで、深いバイオレット、パープルが作れ、この色はディオキサジン・パープルよりも耐光性に優れています。とても使い勝手が良く、混色バイオレットの能力に数多くの多様性を備えています。
マティス・ローズマッダー
とても美しい深い色を持つローズ・マッダーは、初めて使われ始めた色と比べると、共有しているのは色味と名前が同じということです。この色は初めの頃のローズ・マッダーに比べて、綺麗で強く、たとえ薄塗りをしたとしても色あせをしにくいという耐光性・耐候性にも優れています。19世紀から20世紀初めに使われ始めたローズ・マッダーは、とても自然な色を持っていたため、花を描くアーティスト達に愛されました。ただこの色は非常に弱い色で、色褪せもとても早いものでした。ASTMのテストでも、IVというかなり低い結果を出しています。信頼のできない色ではありましたが、この色はアーティストにとってかなり価値のある色でした。
マティス・ローズマッダーは、高性能のキナクリドン顔料を使っており、19世紀に使われていた顔料よりも、絵の具の特性のすべての重要な部分をカバーした色です。非常に強い半透明のチェリー・レッドで、並外れた美しさを持っています。キナクリドン顔料は1958年に使用されるようになって、その特性から今日、私たちの周りでたくさん使われている顔料であることがわかります。キナクリドンは、4色印刷のマゼンタの色です。そしてプラスティック製品、自動車の塗装、アーティスト用の絵の具と幅広く使われています。キナクリドンという名前は、その分子の構造、5個の輪を隣り合わせに持っていることから来ています。様々な色味の違いが結晶構造の変化によって現れます。顔料の雑学知識として、キナクリドンの結晶は、正しい条件の下、自然に有機半導体を形成します。しかしながら、キナクリドンの価格のため、コンピューターのシリコンに変わるということはしばらくないことでしょう。
オーストラリアン・ゴースト・ガムと混ぜることで、とても柔らかいピンクを作り出し、アイボリー色に自然に移行できる色は本物の花の柔らかい色の変化を表しやすく、コバルト・ティールと混ぜることで、とても気持ちの良い柔らかい青を作り出します。フタロシアニン・グリーンと混ぜると、とても強い半透明の黒を作り出し、チューブから出した現代的なブラックとは違うブラックが作れます。このようなブラックは、絵画の巨匠たちにとって貴重な色でした。彼らは、象牙から作られたとても強い色々なアイボリー・ブラックを使っていましたが、現在のアイボリー・ブラックは動物の骨から作られています。マティス・ローズマッダーにアース・カラー、バーント・シェンナ、バーント・アンバー、そして、トランスパレント・イエロー・オキサイドなどを混ぜることで、温かみのある落ち着いたアンダートーンを持つ、肌の色を作り出すことができます。
マティス・ローズマッダーは、舞台に立った役者のようです。明るく元気のある役や、深みがあって鋭い感性を持った役など、色々な役をこなします。ペインターにとってとても重要な顔料です。なぜなら、世界は微妙な変化がたくさんあり、その変化を捉えるのは難しいことだからです。
マゼンタ・クィン・バイオレット
奇妙な矛盾に見えるのですが、マティスの色の範囲の中でキナクリドン・レッドの顔料バイオレット19を使っている赤色が何色かあるのですが、このマゼンタ(クイン・バイオレット)は本物のマゼンタ・バイオレットにもかかわらず、レッド122の顔料が使われています。これはマティスの化学者の手品でもなんでもなく、顔料そのものの化学的性質の基本原理が元になっています。1958年に初めてこの顔料が合成された時の基本形の分子は、全くの期待外れで失望されました。これはアルファ・フォームと呼ばれ、不安定なことが判明したため使い物にはなりませんでした。
しかし、化学者たちはそれでは諦めませんでした。そして後に続くベータやガンマ・フォームの構造は、それぞれ美しいバイオレットやレッドを作り出すだけではなく、耐光性、耐風化、そして化学薬品などに対しても高い耐久性があることがわかりました。これらは、それぞれバイオレット19顔料、レッド122顔料の品種として登録されました。時とともに化学者たちは製造工程を多様化することで、この二つの顔料から7つの違った結晶構造を作り出すことができるようになりました。そして結晶構造が色相を変える事から、キナクリドン・レッド、ローズ、バイオレットが、原型から作られるようになるのに時間はかかりませんでした。今日では、このキナクリドン・ファミリーは、顔料番号、PO48、PO49、PR206、そしてPR209などのゴールド、ダーク・オレンジなどにも使われるくらい成長しました。マティスのマゼンタ(クイン・バイオレット)は1958年に初めてアクリル絵の具が発売された時に入手できた、初めのキナクリドンの色と同等です。
アクリル絵の具が初めて販売された1956年には、アクリル絵の具は新しい画材というだけではなく、最先端のテクノロジーと芸術の実験的な表現手段で、ジャクソン・ポロックなど近代主義者の最先端の新しい試みに多く使われました。これらのアーティストたちは、新しい色に加えて新しい方法の表現手段を探しており、アクリル絵の具の製造会社は色々な試みをアーティストたちの要望で試していました。そのため、アーティストの新しい色はアクリル絵の具で試されて、その後もっと伝統的な画材で作られるようになりました。そしてこのアーティストの要望は逆転の効果も現れました。新しい色を使ってみたいということを理由にアクリル絵の具への引きつけられるアーティストが増えました。
マゼンタ(クイン・バイオレット)は、そのうちの一つの色です。キナクリドン顔料はとても新しい色で、他の画材では手に入らない色でした。とてもよく似た色はあったのですが、数カ月以上作品を残したい場合には使えない、大変不安定な色でした。マゼンタ(クイン・バイオレット)の驚くべき新事実は、永続性の高い色であることと、以前は不可能であった混色が可能であることでした。ブルーととても綺麗に混ざり、明るいバイオレットやパープルを作る事が出来、鳥の羽や蝶などの並外れた美しい色を作る事ができます。便利な情報として、イリディーセント・ホワイトやマティスのMM24イリディーセント・メディムを少し混ぜる事でとても綺麗な色ができます。メディウムと混ぜる時は、そのエリアにチューブから出した色を塗っておくといいでしょう。この場合、黒っぽい色を下に塗る事で効果が上がります。そしてマゼンタ(クイン・バイオレット)とイリディーセント・メディムを混ぜたものを上から塗ります。こうする事で、ちらちらと光る効果が高くなります。マゼンタ(クイン・バイオレット)は、伝統的な方法にもとても使い勝手がいいのです。アースカラーとの混色によって、温かみのある透明度の高いアンダートーン(下色)を作る手助けができ、別の方法ではくすんだ色までの変化を作る事ができます。この色の持つ透明度が、グレージングのテクニックを可能にさせたり、他の色との混色の際、少しの調節で美しい色を再現させたりする事ができます。例えば、美しい織物、おもちゃ、車や壁の色や世界中にある無数の人間に作られた物などの、これまでには自然界に存在しなかった物で、私達の絵の被写体として現れ得る物の色を再現する事ができます。
マゼンタ・ライト
マゼンタ・ライトは、耐光性のとても高い顔料の混色です。この混色顔料のASTMテストはされていませんが、それぞれの顔料のテストではASTMのIの高い耐光性を持つ顔料です。この色はとても興味深く歴史的にも魅力的な色です。ファッションを勉強している学生たちは、この色を興味がそそられるブラッシュ・ピンクと呼ぶでしょうが、この色はファッションをかなり超えたもっと深いものです。
20世紀前半の特にアメリカで、絵に対する科学的な考え方に人気が集まりました。ジョージ・ベローズ、ロバート・アンリとアンリ・アート・スクールで使われたパレットを図式的に見て、マラッタの色彩論を使って色の並びを数学的に見せたものがヴォーグ・ニューヨークで出版されました。これは色の混色を、原色と番号とアルファベットのみがついたマラッタ絵の具を使って行うシステムでした。このシステムは美しい調和の3次色を、これらの色を使って作り出しました。熱狂的な支持者がこの混色に関する多数のルールで幸せにふけって、番号で色塗りをするペイント・バイ・ナンバーなどと名付けたりしましたが、このシステムの欠点は、他のアーティスト達にとっては、とても難しい言葉を使った難解なもので、このアイデアは歴史の中に埋もれていってしまいました。
しかしながら、1960年代から70年代にかけてアクリル絵の具がまだ新しかった時、このアイデアは絵の具のチューブの色に違った考えの種を植え付けました。色は色相環の中の論理的な場所に位置された、科学的なペインティング・システムで、パステルにたくさんの色があるように、色合いや明度の違う色の絵の具も製造業者が事前に混ぜて販売しました。このアイデアが世界的に有名にならなかったのには、アーティストが絵の具を買う時、彼らは経験と感情的な理由から色を選ぶことの方が多く、計算や論理学またはその色が色相環のどこに位置している、などから絵の具の色を選ばなかったからです。マティスのカラー・チャートを見ていただくとわかりますが、感情的で使いやすさを理由とされており、ロボットのような仕組みにはなっていません。しかし、2色だけこの科学的なアイデアの色が残っています。それは、マゼンタ・クィン・バイオレットとマゼンタ・ライトです。他の色がなくなっていってしまったにもかかわらず、なぜこの2色が残ったのでしょうか。マゼンタ・クィン・バイオレットに関しては簡単に理解できるかと思います。マゼンタの色の範囲が必要とされていたことからですが、マゼンタ・ライトに関しては見た目にははっきりした理由が見られません。
おそらくアーティストがこの色を好んだ理由は二つ考えられます。一つ目は、この色がオフ・ホワイトのように働くことです。寒色系の赤の明度を明るくする際や、ブルー・バイオレット系の色を明るくする際にもマゼンタ・ライトのように少し色の入った色で混色することで、純粋なホワイトを混ぜるよりも柔らかく仕上がります。そしてもっと重要なところでは、ラベンダーや藤色を混ぜる時のベースにすることで、とても柔らかいコーンフラワー・ブルーに仕上がります。これらの色は、自然界の中よく見られる色です。黄色や赤ではないワイルド・フラワーだけではなく、この色は1日が経つ空気感をも表す色です。日中の遠い丘にもこの色が少し混ぜられ、日が沈みかけると空や雲にもこの色が加わってきます。ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの人生最後の月に、これらの藤色やバイオレット、そして黄金のオーカー色の対比が使われています。雨のオーヴェールの風景画でも藤色に託された彼の感動が出ています。感動が私たちを微妙で落ち着いた方法で彼の絵とつながらせ、 感動が私たちとチューブの絵の具の色をつながらせます。この点において、私たちとヴィンセントに違いはないのです。
アッシュ・ピンク
マティスのアッシュ・ピンクは、思いがけない使い道を持った、とても柔らかで控えめなアースカラーのピンクです。これは、チタン・ホワイトと特別に選ばれたレッド・オキサイドを混ぜて作られています。なぜなら、この色が適切なピンクを作るからです。そして、保存性にとても高く、安心して使える色です。アッシュ・ピンクは、伝統的な外壁や内壁用の塗装絵の具 、ピンク・プライマー(下塗り)に似た色です。その昔この色は鉛の入ったレッド(鉛丹)とホワイト(鉛白)を使って作られていました。ピンク・プライマーがよく使われた理由は、不透明性と中間のトーンであることでカバー力も高く、上に塗るあらゆる色の助けになったからです。アッシュ・ピンクは、絵画制作の中でも同じように使えます。失敗してしまった部分のカバーはもちろんですが、この多様な才能を持ったオフ・ホワイト・ピンクは、それだけには止まりません。まず、アッシュ・ピンクは、マゼンタ・ライトが得意とするようにレッドやマゼンタ、バイオレットの色を明るくすることに長けていますが、マゼンタ・ライトに比べて、アースカラーのような素朴な色に仕上げます。そして、ベネチアン・レッドやレッド・オキサイド、パーマネント・マルーンと混ぜることでとてもきれいなピンクを作り出します。これらのピンクは、柔らかく薄暗い色味で、バラや、夕焼け空の雲などに見られます。ロー・シェンナと混ぜると、黄金またはサーモンのような色合いになり、ウルトラマリンと混ぜると、なんとも言えないブルーを作り出し、そしてコバルト・ティールと混ぜてブルー寄りの藤色を作り出します。そしてその中で、とても美しいグレーを発見する事が出来ます。これらの色は驚きの連続になることでしょう。
実践的に、唇の色を作るには、マーズ・バイロレットとアッシュ・ピンクを混ぜて、少しのベネチアン・レッドを人物によっては混ぜると良いでしょう。これによって、唇に見られるとてもユニークな色合いを作り出します。口紅の色によっても、マティス・ローズマッダーやその他の鮮明な色と混ぜたり、自然な唇の色には、柔らかで素朴なアースカラーを使ったりします。自然の中には、たくさんのアースカラーがあり、これらの色の変化を作れるアッシュ・ピンクはとても重要なパレットの色と言えます。このことを踏まえて、アースカラーを柔らかな印象にする場合には、アッシュ・ピンクを混ぜると良いでしょう。ミネラル・ブルーやベネチアン・レッドで作られた色に、アッシュ・ピンクを混ぜて明るく綺麗な藤色を作り出すこともできます。また反対に、クロミウム・グリーン・オキサイドにアッシュ・ピンクを混ぜて作られたグリーン系のグレーは、ユーカリの葉やオーストラリアのブッシュによく見られる色です。
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